Friday, April 24, 2026

日経電子版 〈ビジネスINSIDE〉NEC、深まるNTTとの溝を読んで (20260424)


2026年4月22日の日経新聞電子版で、

「NEC、深まるNTTとの溝」という記事を読んだ。


NECとNTT。

かつては当たり前のように並んで語られていた名前なのに、いまはその関係に「溝」という言葉がつく。


記事を読みながら、少しだけ寂しさのようなものを感じた。


自分が入社した頃、「電電ファミリー」という言葉はまだ生きていた。


NEC、富士通、沖電気工業、日立製作所。


いわゆるN・F・O・H。

交換機の設計やシステムの話で、自然と関係がつながっていた。


競争はあったはずなのに、どこか「同じ陣営」にいる感覚があった。


それが今はどうだろう。


通信機器の主役は、

Huawei、Ericsson、Nokia。



(2026/4/24 日本経済新聞電子版より転載)

気づけば、日本勢はほとんど存在感を失っている。


今回の記事で、もうひとつ引っかかったのが

NTTドコモの基地局の話だ。


都市部で通信速度が落ち、ユーザーの不満が出ていた。

その対応として、海外製基地局への切り替えを進めているという。


ここだけ切り取れば、単純な話に見える。

「品質が悪いから、より良いものを採用する」

それだけのことだ。


でも、少し立ち止まって考えてしまう。


本当に“技術力の差”だったのか。

それとも“設置の問題”だったのか。


記事の中では、NEC側が

「原因は基地局の数不足だ」と反論していた。


もしそうだとしたら、話は少し変わってくる。


設備が足りなかったのか、

技術が足りなかったのか。


どちらの説明を選ぶかで、

「誰を信じるか」「どこに投資するか」が決まってしまう。


そして一度方向を決めてしまえば、

もう後戻りは簡単ではない。


ふと、昔のことを思い出す。


携帯電話の世界も、似たような流れだった。


AppleのiPhoneが出てきたとき、

それまでの前提が一気に崩れた。


気づけば、日本メーカーの端末は市場から姿を消していた。


あのときも、「合理的に考えればこうなる」という空気があった。


今回のドコモの判断も、きっと同じ文脈にある。


正しい。

でも、その正しさが積み重なった先に、何が残るのか。


「電電ファミリー」という言葉は、もうほとんど聞かない。


でも、それは単に言葉が古くなったからではなく、

その前提だった“内側で完結する世界”が壊れたからだと思う。


それでも、少しだけ思ってしまう。


あの頃のように、国内のメーカーが自然につながって、

同じ方向を向いていた時代は、もう戻ってこないのだろうかと。


現実はたぶん、もっとシビアだ。


技術で勝てなければ選ばれないし、

選ばれなければ、存在し続けることもできない。


それでも。


ドコモの基地局の話を読みながら、

単なる設備更新のニュース以上のものを感じてしまった。


それは、日本の通信産業がどこに向かうのか、という話であり、

そして、どこかで一度見た景色の“続き”のようにも思えた。


NECとNTTの溝。

その背景には、もっと大きな流れがあるのかもしれない。

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