Friday, August 12, 2005
20050812 8月12日の思い出
20年前の本日8月12日、乗客520名を乗せたJAL123便が御巣鷹の尾根に墜落した日です。小生、大学2年でヨット部の合宿のまっただ中であったことを記憶しています。
神奈川県の佐島で夏合宿中で、当時、疲労はピークに達していました。
その日の記憶は、夕焼けが非常にきれいな夕刻であったことを記憶しています。
当時、合宿所にはテレビがなく、翌日、漁師の方から大変なことがおきているようだとだけ聞かされました。当時は、とにかく合宿中の肉体疲労から思考能力がゼロでしたので、聞き流していましたが、合宿が終了して自宅に帰宅して、初めてすごいことになっているとがわかりました。
毎年、8月12日になるとあのころの合宿の記憶がよみがえります。
実は、そのころは海は好きでしたが、ヨットは嫌いでした。
ヨットが嫌いというか、ヨットをするための合宿がつらくて、合宿所が逃げ出したい日々だったことを記憶しています。今思えば、あのころの練習があったおかげで、今のセイリングしているようなものですが・・・
小生も曲がりなりにも大学の学科は航空宇宙学科を卒業したのですが、その当時は、何が原因であのようなことになったのか非常に興味津々だったのですが、それにもまして、ヨット部での夏合宿を乗り切ることに精一杯であったことを記憶しています。(もう少しまじめに勉強しておけばよかったと・・)
今夜、JAL123便の番組が各放送局で放映されていましたが、20年の歳月というのが短く感じたり長く感じたりと複雑な心境になりました。
Thursday, August 11, 2005
20050811 やりました
ヨットの話ではないのですが、やっと、おわりました。というか解放されます。
というのも、4月から提案していた案件で、お客様から内示をいただきました。
ここでは、一緒に仕事をしてきたメンバーについて独り言を書きます。
今回のチームは、アカウント営業のKブチさん、Kブチさんの上司のOサキさん、営業SEのI田さん、自分の4名での活動でした。
今回、4月にお客様よりお話しをいただいた段階で、当て馬(言葉が良くない)的な存在で声をかけられたと思います。ここから先行する他社を追随して行かなければならなかった状況で、最初に考えたのが、正攻法で攻めることでした。
ヨットで言えば、スタートで2線、3線でしょうがなくポートにタックして全艇のおしり(スターン)をなめて、右海面に突入していくようなイメージです。
読者の中には、このような状況になった経験をお持ちの方も多数いらっしゃると思います。
まず、この状況で考える選択肢として、ポートタックでフレッシュウィンドウを受けられる状況であれば右海面に突入していく。その中で、左右の海面の艇のバランス、左右の海面のブローの状況、また、ウィンドウのふれの具合をチェックして、冷静にコース選択、タクティクスを巡らすでしょう。
今回の仕事において、スタートした段階ですでに他社より送れていることは確かな状況でした。また、情報量においても他社より少ないというかほとんどない状態でした。
そこで小生の立てた作戦は、システムの提案ではあるが、システムのことは極力避け、お客様の商売のあるべき姿について一次提案で熱く語ることにしました。
ここからは、ヨットのレースでの集中力と同じで、1上に向けて立てた戦略を実行していくのみでした。
まずは、徹底的な情報収集を1週間かけて実行しました。
その結果をふまえ、前述のKブチ女史、I田さんと方向性について議論、提案のコンセプトを練り上げました。
小生は、システム面でこうすべきであろうことを経験をふまえて提案書にぶつけました。
結果は想像にお任せしますが・・・
今回のプロジェクトメンバーは、かなりそれぞれの個性がうまくかみ合ったと思っています。
ヨットでもチームの個性がうまくかみ合ったときに最大の力を発揮します。
小生の乗っている470というクラスにおいても、スキッパーとクルーの役割分担、また、お互いを保管し合うことで強いチームになると思います。
また時間があればこの続きは書きますね。。。
Monday, August 08, 2005
20050808 勧誘に行けませんでした
千葉の稲毛でインターハイが開催されています。勧誘に行く予定でしたが、仕事が忙しく行けませんでした。
海洋部のY本さんから、「うちは3名希望者GETしたで」って携帯に電話があり、うらやましい限りでした。
東海大学に入学して、ヨットを続けたいと思う高校生セイラーの皆さん、是非、メールください。。
東海大学ヨット部は、部員は少ないですが小粒でもぴりりとするノリでがんばっています。
OB会も全面的に現役への支援を行っております。
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